「それでは、今後とも
どうぞよろしくお願い致します!」
「はい、大崎さん、
どうぞよろしくお願いしますね」
「それでは失礼いたします。」
ーーーー(ぱたん)ーーーーー
「大崎先輩、お疲れ様でした!
今日はありがとうございます^^」
金田あつ美の声が響く。
そう、今日は、
後輩であるあつ美から、
クライアントを引き継いだのだった。
ただでさえ、
チームリーダーとして、
あつ美を始めとする後輩の
育成や数字の管理もしながら、
ハルナ自身も、
30社を超えるお客様の担当も
しているというのに・・・。
先日まさかの、
取引先に彼氏が出来て、
その彼の異動で直担当になるのが嫌で、
担当者変更を企てたあつ美事件により、
あつ美の担当社数は1社減り、
ハルナの担当社数は1社増えた。
そして、
あつ美は取引先に彼氏がいることを誰にも知られずに、
爽やかで可愛らしい顔で今日も仕事をしているというのに、
ハルナは誰にも知られていないと思っていた崇史との関係が、
社内の人たちの周知の事実としり、最近周りの目線が気になって仕方ない。
(なんなんだろう・・・。こうやって、物事を難なく進めていく、あつ美の器用さは・・・。)
時計を見ると、時間は11時45分。
お昼時間に入る15分前だった。
「金田さん、次のアポは?」
「あ、私、次13時半に大手町です」
「そうなんだ、ちょっと早いけど、一緒にランチする?」
「は、はい!是非!!!」
屈託のない笑顔であつ美は、
ハルナのランチの誘いに乗ってきたけど、
ハルナはどうしてもあつ美に聞きたいことがあった。
だからいつも一人でランチしながら、
その時間は仕事のことを忘れて崇史にLINEで
メッセージを送ることが習慣になっているのに、
今日は敢えてその習慣を捨てて、
あつ美をランチに誘ったのだった。
入ったお店は、
おそらく来店客の9割は女子になりそうな、
お洒落なイタリアンのお店。
虎ノ門のオフィス街にあるお店だけあって、
ランチ15分前だとまだ客入りはまばらで、
ハルナとあつ美はスムーズに奥の席に着くことが出来た。
「私はランチプレートA、ホットコーヒーで。」
ハルナの食後コーヒーは、
もはや平日ランチの定番コース。
「私はお魚のプレートでお願いします。
あ、飲み物は、アイスティーストレートお願いします。」
あつ美はいつもアイスティーだ。
思い返せばハルナは大学生の頃までは、
コーヒーが全く飲めなくて、いつもランチの時は、
紅茶にミルクをたっぷり入れて飲んでいた。
コーヒーは苦くて飲めない・・・。
そんな風に話していたハルナも、
社会人になり商談中によく出てくるコーヒーを
口にする機会が増えてから、
気づけば、
ミルクもシロップもなしの、
ブラックコーヒーが定番化してきて、
ブラックコーヒーが
飲めるようになった代償として、
また一つ可愛らしさを失った自分がいるような、
そんな感覚を覚えた・・・。
(出来ることが増えると、オンナは可愛げがなくなるんだろうか・・・)
「ねぇ、金田さん、
ちょっと聞きたいことがあるんだけど、
金田さん、私と私の彼との関係にすぐ気づいたって言ってたじゃない?」
「はい。」
「それ、私のどの態度でわかったの?」
「え、先輩、ホントに
自分で気づいてないんですか?
だって、明らかに電話取る時の声は違ったし、
アポイント入っている時の服装も違いましたよ。
あとね、直帰することが増えた。
しかも直帰する日は、
必ず同じ会社に立ち寄ってるんですもん、先輩。
直帰にしてそのままデートしてるなって、私は思いましたよ。」
「はー・・・・。全部バレてるじゃん、私・・・。」
「はい、バレてますよ、先輩(笑)。
しかも前も言いましたけど、皆んな知ってます。
先輩の前で知らないフリしているだけですよ。」
「それさぁ、皆んなは何て言ってるの?私のコト・・・」
「まぁ別に、不倫とかヤバいやつじゃないんで、
良いも悪いもそんな話しは聞こえてきてないです。
私が聞いた話しだと、
先輩もうすぐ30歳じゃないですか。
だから、そろそろ結婚するのかなって、
そんな噂くらいですかね!?
あ、先輩、その彼と結婚するんですか?」
「そうなんだ、良かった・・・。
結婚ねぇ、するかもしれないし、
でも、まだ具体的にどうって話しにはなってない。
別に急がなくてもってお互い思ってるしね。
金田さんは?」
「私はしますよ。
そのつもりで最初から
今の彼とはお付き合いしてるんで。」
「へー、そうなんだ、
でもさ、まだ25歳じゃない?
そんなに早くしなくてもとかそう思ったりはしない?」
「うーん、
私、女性の自立とか言って、
髪振り乱して残業して何十年も働くとか、
無理ですもん。
男性と肩並べて働くって、
どう考えても体力違うし無理じゃないですか。
だから、程よく働いて、
程よくお洒落して、程よくお友達とも遊べる、
そのバランスを取りたいんですよ。
だったら、結婚したほうが良くないですか?」
あつ美は天真爛漫の笑顔で、
ぐりぐりとハルナの傷んだ心に
塩の付いた指を押し付けてくるように
言葉を発してくる・・・。
女性の自立。
まさにハルナが拘ってきたことだ。
崇史と付き合って2年。
その間に同棲話が出たこともあるけれど、
男性に頼ってしまう自分が何故か許せなくて、
結局は同棲はせず、今もお互い一人暮らしをしている。
29歳のオンナは、
2種類に分けられる。
結婚するオンナと結婚をしないオンナ。
今のハルナはまだどちらの道も選択出来る。
でも、もしかすると、
彼と同棲の話が出たときに、
男性に頼っちゃいけないという気持ちが働いた時点で、
もうハルナが歩くのは「結婚をしないオンナ」の道なのかもしれない。
あつ美と話していると、
その現実を嫌というほど突きつけられるのだった。
「あ、先輩、
カルボナーラ来ましたよ♡」
次の連載に続く。
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